成毛 滋は1965年、慶応大学1年の時にビクターで最初のレコーディングをしている。この時のプロデューサーは後にストロベリーパス、フライドエッグのアルバムをプロデュースする本城和治氏で、成毛はオリジナルの“Charley
Woolys Judy”等エレキインスト4曲をレコーディングした。 |
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又1975年、成毛はロンドンから帰国してマルチキーボードの組曲 “Alone In
My Room”をレコーディングした。 他にも成毛はキング、東芝、ポリドール、ビクター、CBSソニーでソロアルバムをレコーディングしたが、いずれも発売されないか、レコーディングの途中で打ち切られた。 |
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常に外国の音楽シーンを目指していた成毛と、歌謡曲のレコードを売るための日本のレコード会社が期待するものとが噛み合う事は無く、唯一の例外は'71年に日本フォノグラムで本城和治氏がプロデュースしたストロベリーパスとフライドエッグのアルバム計3枚であるが、これは当初「6バンドによるオムニバスアルバム」として企画されたものの他のバンドの曲が間に合わず、やむなく2曲レコーディングを済ませていた成毛達のアルバムに変更されたものであった。 |
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又、'90年代に入って新興のインディーズ会社等が成毛の未発表音源をCD化しようとしたが、音楽著作権法に阻まれ、いずれも発売はできなかった。 資料と音源の発掘に御協力戴いたN.E.D.の佐々木雄三氏とF.B.I.の石河 誠氏に感謝致します。
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